第10戦イギリスGP
プラクティスではロバーツが1分28秒00でポール、スペンサーは1分29秒38で2位。レースではスペンサー、マモラ、ロバーツが争うが、死亡事故が起こり中断。再スタート後のレースではロバーツがトップに立ち、少しづく後続との差を広げそのままゴール。ロバーツの後ろではスペンサー、マモラ、ローソンが2位を争うが、ローソン、マモラ、スペンサーの順でゴール。しかし、中断までのタイムとの合計ではスペンサーが2位だった。最速ラップはロバーツの1分28秒20。
左はスタート前の1号車。スイングアームはアルミ合金製である。
第11戦スエーデンGP
第12戦サンマリノGP

プラクティスでスペンサーは1分54秒00で2位、ポールは1分53秒49でロバーツ。レースでは序盤スペンサーがトップに立つが、ロバーツがすぐ追いつきトップに立つ。ロバーツが優勝してもスペンサーが2位ならスペンサーがチャンピオンになる(3位なら同点で優勝回数も同じだが2位の回数の差でロバーツがチャンピオン)。ロバーツはスペンサーを抑えチームメイトのローソンが順位を上げるのを待つ。しかし、ローソンは3位だったが、とてもスペンサーに追いつける状況ではなかった。結局ロバーツが優勝し、スペンサーは着実に2位を得て、チャンピオンをホンダにもたらした。最速ラップはロバーツの1分53秒36。
左はプラクティス中の1号車(レース使用車)。スイングアームはアルミ製である。
日本GP
最後に
1983年型NS500はGP史上、最も美しいマシンの部類に入るだろう。そして、500ccGPレーサーの理想型の一つであると思う。しかし、その可能性を最も疑っていたのはホンダ自身だった。鈴鹿サーキットで新型4気筒が走っているのが目撃され、1984年型ホンダが4気筒になることが明らかになったのは、1983年日本GPでのスペンサーショックが冷めやらぬ頃だった。
シーズン後公開されたマシン
![]() |
![]() |
左はシーズン後のスタジオ写真である。スイングアーム中央に孔がない。右は試乗に提供されたマシンである。おそらく2号車だろう。スイングアームはいずれもアルミ合金製である。 1982年型及び1984年型のNS500が現存していることが確認されているが、1983年型NS500はどうなっているのだろうか。 |